手から手を鳥が渡る

小鳥と遊んだ幼い記憶。


幼稚園から小学校低学年のころ、
事務所で通りを眺めて留守番している御隠居さんが近所に居た。


お酒の癖が悪くて、飲まないと過剰なくらい寡黙、というそのおじいさんは
ご近所でも親しくしている人は少なかったみたいだけれど、
愛想のない、子供らしさの欠けたこどもだった私には
なぜだかとても安心できるお友達で、
よくその事務所を訪ねて、遊んでもらっていた。


寡黙な老人と、無口な子供の組み合わせでは話がはずむわけもなく、
私たちはいつも、小鳥の世話をしたりして過ごしていた。


彼の唯一の(お酒以外の)趣味だったらしい、鳥。
竹の横に長い和風の鳥籠に、手乗り文鳥や、四十雀を閉じ込めて、
たまに光さす、事務所の中で放したりしていたおじいさんは、
私にも餌をやったり、水を替えたり、たまに手に乗せてくれたりという楽しみをわけてくれた。


何時間でも、そうして、鳥を眺めたり、通りを眺めたり、
うさぎやのどら焼きを食べたり、そんな風に幾日だって過ごしていた。
今から考えると、晴れた日の記憶ばかりなのは
広大な空き地の向こう側という立地だった彼の事務所。私は家には、「空き地で遊んでくる」、
って嘘をついて遊びに行っていたのだろうなぁ。
稀代の嘘つきだった私にとっては、大人があまりいい顔をしないそのおじいさんを訪ねるのに
本当のことを言っていたとは思えないし、
近年まで、母や祖母は互いに私がどちらかのところで遊んでいると思っていて、
そのおじいさんと遊んでいることを知らなかったことを思えば、それが自然だ。


私にとってとても、大切な時間だったのだろうと思う、
ふとしたことで思い出す記憶のなかでも、いちだんと鮮明で美しい。


だから、こちらの世界が広がるのと、また、引っ越しもあったとはいっても、
呆気なく疎遠になってしまったのが、不思議だし、なんだか悲しいような気もする。


引っ越した後も、ご近所ではあったので、ごくたまに
家を訪ねて来てくれた。


交流がほとんどなかった家に、突然スイカをぶら下げて
私に、と言ったことが、母をとても驚かせたことや、
突然思い出のうさぎやのどら焼きを、買ってきてくれたりしたこと。


それを、若い私はたいして大切なこととも思わずに、
なんとなく受け取ってしまっていた。


彼が亡くなって、
もう十年以上の月日が流れて今さらこんなふうに思ったって仕方のないことなのだけれど、
私は本当に、あのおじいさんが好きだった。


そして、それに気付いたのは最近なのだ。
そのことがとてもとてもかなしく、愛しいような思いもする。


あの骨ばった老いた手と、私のまだ小さな手を
渡らせたり、返したり、小鳥をゆききさせていたあの温かな明るい日を、なぜだか甘く思い出す今日。